窃盗罪の占有説と本権説を分かりやすく説明する。

 本日は窃盗罪の保護法益について、できる限りの分かりやすい説明を心がけて書いてみようと思います。

 

 窃盗罪の保護法益には占有説と本件説の対立があります。今日はこの学説対立について少々考察したいと思います。

 

■最初に…条文から窃盗罪の要件について考える

▷他人「の」財物

 窃盗罪(刑法235条)とは、「他人の財物」を「窃取」したときに成立する犯罪を言います。

 まず、「他人の財物」の「の」という助詞との関係で、これを「他人の占有する財物」と解するのか、「他人の所有する財物」と解するのかに争いがありました。

 しかし、現在では「他人の財物」を「他人の占有する財物」と解するのは間違いだと考えられています。

 

 なぜなら、①「の」とは普通所有を表すものとして理解されますし、②後述する242条の「自己の財物であっても、他人が占有…するものであるときは…他人の財物とみなす」という文言との関係で、「他人の」を「他人が占有する」と解釈すると242条が「自己の占有する財物であっても、他人が占有…するものであるときは…他人の占有する財物とみなす」という意味不明な文章になってしまいます

 

 ですから、「他人の財物」とは「他人の所有する財物」と解釈されることになります。

 

▷占有要件は「他人の財物」か「窃取」か

 窃盗罪が成立するためには、占有離脱物横領罪(254条)との関係で、財物が占有されていなければなりません

 

 この「占有」という要件を「他人の財物」に読み込むか、「窃取」に読み込むかという問題があります。

 

 これは争いがあると思いますが、「他人の財物」に読み込むのがオススメです。

 なぜなら、窃盗罪と占有離脱物横領罪は取得される客体で区別すべきと言えるからです。

(大塚裕史先生の法学セミナー連載の「応用刑法」ではこのように説明されています)

 

 なので「他人の財物」=「他人の所有する財物」ですが、占有離脱物横領罪の客体との区別から「他人の財物」は占有されていなければならないと解釈されます。

 

(ですから、司法試験の答案で「「他人の財物」とは、他人の占有する他人の所有物である」といきなり要件立てるのは、以上の順序を踏んでいないとみなされる可能性があるためあまりお勧めしません(合否にはおそらく影響しませんけど)。)

 

 

■占有説と本権説の対立点

 

 窃盗罪と占有離脱物横領罪の区別から「占有」という要件が出てくることを確認しました。窃盗罪の法定刑は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金、占有離脱物横領罪は1年以下の懲役又は10万円以下の罰金ですが、この刑の9年の上限の差を基礎付けている法益侵害=違法性が占有であるということを確認しておきましょう。

 

 

 そこで、このような重い処罰を基礎付ける「占有」とは民法上の(所有権や賃借権など)占有権原のある占有のことを言うのか、民法上の占有とは異なり単に事実上支配してさえいればいいのかという問題が出てきます。

 この「占有」についての争いが占有説と本権説になります。前者が「本権説」で後者が「占有説」と言います。

 本権とは占有正権原のことをいうわけですね。

 

 本権説は、このような占有正権原のない占有には窃盗罪の重い法定刑を基礎付ける法益性がない、ということを問題意識にしているのです。

反対に、占有説は、占有という事実状態はすべからく保護に値するのだ、という意識であると言えます(これを財産秩序の維持などと言ったりします)。

 

 ここで、各説を事例に当てはめてみましょう。

 

①甲は、Aが所有し所持しているパソコンを窃取した。

②甲は、Aが所有してBが借りて所持しているパソコンを窃取した。

③甲は、Aが所有してBが借りて所持しているが、すでに期限が過ぎて賃借権(使用貸借権)を失っているノートパソコンを窃取した。

④甲は、所有者Aから盗んでBが所持しているパソコンを窃取した。

⑤甲は、Aに盗まれた甲所有のパソコンをAから窃取した。

 

 まず、占有説からは①〜④の事例は全て「事実的支配」という占有の要件が満たされるので窃盗罪が成立します。

 次に、本権説からの帰結を確認しましょう。

 

①の場合、占有しているAに所有権という占有権原があるので窃盗罪が成立します。

②の場合、Bに賃借権という占有権原があるので窃盗罪が成立します。

③、④の場合、Bは無権原の占有者ですから、本権=占有正権原がなく、窃盗罪は成立しません(占有離脱物横領罪が成立します)。

 

 ⑤の場合は、242条が適用されるかどうかの問題になります。窃盗罪が成立するためには「、自己の財物」が他人に占有されることにより「他人の財物」とみなされる必要があります。しかし、本権説からは242条の「占有」は、本権に基づく占有と解釈されるため、Aはノートパソコン「占有」しているとはいえず、窃盗罪は成立しません。

 

 

以上が、占有説と本権説の対立点になります。

 

▷中間説について

なお、中間説についても一応補足しておきます。

中間説とは、本権説よりも処罰範囲を拡張するけど、占有説よりは処罰範囲が狭い説のことを言います。

 

具体的には合理的な占有説と、平穏な占有説があります。

 

平穏な占有説とは、①〜⑤のうち自己物取り戻し事例の⑤のみを処罰範囲から外す見解と言えます。窃盗犯の占有は、所有者との関係で平穏な占有とは言えないからです。

なお、④のように自己物でない盗品の接種の事例では、甲との関係では平穏な占有と言えるので窃盗罪が成立します。

 

合理的な占有説とは、内容は実のところ不明確なのですが、平穏な占有説よりも処罰範囲が限定的と言われてます(例えば、賃貸人が使用期限の過ぎた物を取り返す事例で窃盗罪の構成要件該当性を否定します、西田各論169頁)。